(番組ガイド誌「GSTV FAN」2025年8月号掲載記事をWEB用に再編集しております)
ドイツ・イーダー・オーバーシュタインの宝石彫刻とカメオ、そしてそれらを生み出す彫刻家たちについて綴ってきた私の寄稿が10年目の節目を迎えた2023年2月、本連載「モチーフから見る宝石彫刻」がスタートしました。宝石彫刻の起源から始まり、宝石彫刻の素晴らしさを少しでもお伝えしたいという一心で、これまで書かせていただきました。
最終回となる今回は、「現代」をテーマにお届けします。
現代のストーンカメオの魅力
19世紀までに確立された伝統的なモチーフは、いまなおカメオの代表的なイメージとして定着し、世代を超えて愛されています。例えば、ギリシャ神話やローマ神話の神々、女神、古代風の横顔といったクラシックなモチーフです。現代においては、それらクラシックなモチーフをベースにしながらも、彫刻家が持つ美意識や感性を取り入れた、より多彩なデザインが見られるようになっています。
例えば、女神を主体としながらも背景に細やかで多様な彫刻が施されています。また、従来よりも精緻な表現を施し美しさだけでなく、技術的にもより高みを目指して彫刻された作品も生まれています。こうした進化も、現代カメオならではの魅力です。


自然・動物・抽象的モチーフと版権カメオ
現代モチーフとして、花や木々、蝶や鳥など自然をテーマにしたカメオは高い人気を集めています。季節の移ろいや命の輝きが表現されています。中でも、バラやユリといった花のモチーフは、普遍的な美しさを持ちつつ、従来の「カメオらしさ」から少し外れた印象があり、「カメオ=クラシックな肖像」という固定概念や先入観を和らげる役割を果たしています。長年カメオをご紹介する中で、初めて手に取る方や贈り物として選ばれる方が多いのも、その点に理由があるように感じています。

また、犬や猫の横顔や全身像といった動物モチーフは、当番組でもこれまでに数多くご紹介してきました。写実的に描かれたものに加え、童話的で可愛らしいテイストで彫られた作品も見られます。さらに、幻想的な雰囲気をまとったユニコーンや、力強さを感じさせるドラゴンのモチーフも登場しています。
以前、ご自身が飼っている犬種のカメオを探し求め、日常的に身につけていらっしゃるというお声をいただいたことがあります。こうした動物モチーフのカメオは、ジュエリーとしてだけでなく、持ち主の記憶や感情と深く結びついた存在として、選ばれたり使われたりしているのだと思います。
星座や月、クロスといった抽象的なモチーフも人気があり、愛・希望・癒しなど、身につける人の想いや内面を表現するアイコンとして存在感を放っています。
別の視点で現代モチーフを語るとき、「版権カメオ」は外せないポイントです。著名な絵画や挿絵をモチーフに版権を取得してカメオにするケースです。基になる絵画の世界観を丁寧に再現することが求められます。アルフォンス・ミュシャやフラワーフェアリーズなどが代表例です。
仏像モチーフという新たな広がり
これまでも度々ご紹介しているカメオ彫刻家ゲルハルド・シュミット氏が生み出す新たな世界、それが仏像モチーフです。阿弥陀如来、千手観音、普賢菩薩といった仏の姿がストーンカメオとして天然石の中に静かに浮かび上がる様子は、多くの人の心をとらえていると言えるでしょう。仏像モチーフは、宗教的な意味合いにとどまらず、「心の安らぎ」「静かな強さ」「内省」を象徴する現代人の内面的なニーズに寄り添う存在として広く受け入れられています。

カメオは長い歴史の中で西洋の芸術として発展してきましたが、東洋の精神文化が融合することで生まれる独自の世界観は、彼ならではの仏像モチーフの大型カメオオブジェとして他に類を見ない芸術作品です。まさに東西の美意識が交差する新たな世界観と言えるでしょう。
また、仏像モチーフのカメオは、お守りのように身につけることができる点も魅力です。数センチの石の中に刻まれた仏の表情や姿には、彫刻家の技と祈りが宿り、持つ人の心に深く響いているのだと思います。
ゲルハルド・シュミット氏手彫りカメオオブジェ 仏像シリーズ

赤-白- 黒3 層縞メノウ
230mm×160mm

黒-白2 層縞メノウ
195mm×175mm

赤-白-赤
180mm×120mm
カメオは「時を超えて語りかける芸術品」
現代のストーンカメオは、伝統を守りながらも、その表現はより自由により多様に広がっています。自然・動物・抽象的象徴、そして仏像といった精神性の高いモチーフまで、幅広いテーマが扱われ、持つ人それぞれの物語や価値観を映し出しています。
カメオはこれからも、その価値をますます高めていくことでしょう。それは、カメオがアートとジュエリーの境界を超え、時代を越えて愛される「生きた芸術品」として、私たちの心と暮らしに豊かさをもたらす存在であり続けると私は信じているからです。
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