14世紀から17世紀にかけてヨーロッパ全土で起こった文芸復興、ルネサンスの起点となったイタリアが、18世紀から19世紀にかけてもなお宝石彫刻の中心地であったことを前回(2025年2月号)ご紹介しました。19世紀半ばになると、いよいよ宝石彫刻の中心はパリへと移っていきます。
そして今回、「近代 その2」として、パリからドイツ、イーダー・オーバーシュタインの宝石彫刻へとつながる時代についてお話しします。
(番組ガイド誌「GSTV FAN」2025年6月号掲載記事をWEB用に再編集しております)
19世紀半ば、宝石彫刻の中心はパリへ
1830年にはローマに77人いた宝石彫刻師が、約30年後にはわずかしか残っていなかったことを前回お話しました。この時期、多くの優れたイタリア人宝石彫刻師たちは、すでにパリへと工房を移していたのです。
パリでは、高品質なカメオが高値で取引されるようになり、カメオの評価や価値の高まりとともに、19世紀半ばまでには、パリはカメオ彫刻の中心地としての地位を確立するに至りました。
この時期に作られた保存状態の良いカメオの鋳型からは、非常に高度な技術で制作されていたことが分かります。1868年、パリでは24のアトリエが数えられ、そこでは180人の職人が働いており、その多くはイーダー・オーバーシュタイン出身者でした。

1888年 ジョルジュ・ルメール作
写真提供:ゲルハルド・シュミット

1882年 アンリ・フランソワ作
オルセー美術館所蔵(出典:Wikimedia Commons)

写真提供:ゲルハルド・シュミット

1894年 ジョルジュ・トネリエ作
ジョルジュ・トネリエ本人とその妻が描かれたカメオ
メトロポリタン美術館所蔵
(出典:The Metropolitan Museum of Art)

19世紀後半 ジョルジュ・ビッシンガー作
メトロポリタン美術館所蔵
(出典:The Metropolitan Museum of Art)
この時期に活躍した著名なフランス人彫刻家として、フェリックス・エミール・ゴラール(1842–1924)、ジョルジュ・ルメール(1853–1914 写真①)、アンリ・フランソワ(1841–1896 写真②③)、ジョルジュ・トネルリエ(1858–1937 写真④)などがいます。
また、ドイツ出身のジョルジュ・ビッシンガー(写真⑤)は、1878年のパリ万国博覧会に112点の作品を出品しました。これらには、ヴィーナスの誕生やバッカスの行列を表すカメオをはじめ、パリのフランス国立図書館のメダル・カビネット所蔵の古代、ルネサンス、18世紀のカメオやインタリオの見事な模倣品シリーズが含まれていました。ギリシャ神話、自画像を含む肖像画など、幅広いモチーフを見ることができます。
パリとイーダーの関係性
イーダー出身のカール・フェーク(1831-1920)と共に1845年にパリへ移ったユリウス・シュミット(1831-1902)は、4年にわたり宝石や貝を用いたカメオ彫刻を学びました。その後、1850年代初頭に当時まだオルデンブルク大公国の一部であり、イーダーとオーバーシュタインともに含まれていたビルケンフェルトに帰国しました。
ビルケンフェルト侯国で彫刻師について記された最初の文書記録は、1855年12月7日付の職人登録簿です。番号1291のもとで、29歳のヤコブ・ヴィルトが独立した彫刻師として活動することを許可されました。当初石の彫刻に関わる者はほんの一握りでしたが、1864年にはイーダーとオーバーシュタインおよび周辺の村々で54人の独立した彫刻師が数えられ、1867年には65人になりました。

イーダー生まれのヤコブ・ヴィルトは、1840年頃にパリに移り、パレ・ロワイヤル、ヴァロワ回廊178番地にあるゲオルク・ヴァイスミュラーとミケリーニのもとで徒弟として働きました。ヤコブ・ヴィルトは1851年にイーダーに戻りました。
イーダーで最初に宝石彫刻師として活躍した人物が誰であったかは、正確には分かっていません。しかし、ユリウス・シュミットとヤコブ・ヴィルトともに、イーダー・オーバーシュタインで最初にカメオ彫刻を始めたうちの一人と考えられます。15世紀半ばにメノウ鉱山が発見されたことから宝石研磨技術が発展してきたこの街で、1850年代初頭に彼らはカメオを彫刻し始めたのです。
余談になりますが、いつも宝石の街としてご紹介しているイーダー・オーバーシュタインは、もともとイーダーとオーバーシュタインという二つの町が1933年に合併してできた都市です。合併以前、両者はそれぞれ独自の歴史を持つ地域でした。例えば、イーダーは古くからメノウをはじめとする宝石の研磨・加工産業で、オーバーシュタインは金属加工、特にチェーン製造で知られるなど、異なる産業的特徴を持った町でした。
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