新連載「モチーフから見る宝石彫刻」を2月からスタートしました。今回は、ヘレニズム後期から紀元1世紀におけるカメオのモチーフについて、前回に引き続き深掘りしていきます。
(番組ガイド誌「GSTV FAN」2023年8月号掲載記事をWEB用に再編集しております)
宝物としての巨大なメノウカメオ(ヘレニズム後期~紀元1世紀)
ギリシャ世界はかつてないほどに拡大し、活発な交易・経済活動によって一般市民の生活も豊かになっていったヘレニズムの時代、カメオは非常に小さいサイズのものが主流でした。
一方で、王の宝物として作られた非常に大きく、豪華で美しいカメオが生まれた時代でもあります。これら宝物カメオは、宗教的要素を持ち合わせながら、勝利の象徴として政治的役割を果たしました。当時の宝物カメオの共通点は、ローマ皇帝やその一族が描かれていることです。ローマ皇帝の勝利が強調され、また同時にローマ軍の勝利によってもたらされた平和の構築者としての皇帝も描写されました。
「大きな宝石彫刻で、四人のローマ皇帝の肖像が非常に美しく真っ白な色で浮き上がっている」と1619年の目録にて言及されている『ゲマ・クラウディア』は、二組の夫婦の胸像がずらして描かれており、非常にユニークなモチーフです。元々はカリグラ皇帝(第3代ローマ帝国皇帝)と妹のドルシラ、そして二人の両親であるゲルマニクスと大アグリッピナが描かれていましたが、途中で改作されたと考えられています。
『プトレマイオス• カメオ』は、なんと13層の縞メノウから彫刻されており、現在はウィーン美術史美術館に収蔵されています。モチーフが誰であるかはいまだに多くの論争があります。
世界三大カメオ『ゲマ・アウグステア』
世界三大カメオは、その歴史的価値と大きさ、美しさから他に類をみないカメオであると言えます。
① タッツァ・ファルネーゼ(紀元前1世紀頃、ナポリ国立考古博物館所蔵、20cm)
② ゲマ・アウグステア(紀元10年頃、ウィーン美術史美術館所蔵、19×23cm)
③ フランスの大カメオ(紀元24年頃、パリ国立図書館所蔵、31×26.5cm)
ゲマ・アウグステアは約23cmの大きさの黒白2層の縞メノウに彫られており、モチーフは二段に分かれています。上段中央の王座にいるのが女神ローマ、その右側にはローマ帝国初代皇帝アウグストゥスが座っています。
左側のゲルマニクス、ティベリュウス、ヴィクトリアの3人が戦いの勝利を収め、これからローマに帰還するとの報告をしています。
右側には三つの理想を象徴する像が描かれており、ローマ帝国の広さを象徴しています。ローマの大地の女神テルース、ベールと冠を被ったオイクメネ、そして鬚をはやした筋肉隆々のオーケアノスです。
下段には戦勝碑をかかげているローマ兵士と捕虜の姿が彫刻されており、まさに「勝利」が表されています。2000年以上も前に彫刻されたとは思えないほど、繊細かつ滑らかな彫刻が施された、非常に美しいカメオです。
世界三大カメオの一つ、ゲマ・アウグステアが収蔵されているウィーン美術史美術館のカメオコレクションは、世界で最も重要なものの一つであると言え、ヘレニズム時代と古代ローマ時代の歴史的価値の高いカメオを数多く見ることができます。
古代ローマ時代の宝物カメオには、神々による皇帝の正当化もしくは神格化の意図があったことでしょう。宝物カメオは、ローマ帝国による支配の継続、つまり皇帝継承者の誰かをモチーフとすることでローマ帝国の権威、平和、富を誇示する明確な役割を持っていたと考えられます。
※本作品についてはモチーフの解釈と制作年に関して諸説あるため、本稿ではカメオ彫刻家であり宝石彫刻研究の第一人者であるゲルハルド・シュミット氏の古代カメオ研究論文に基づいて解説しております。
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