前回は、「ルネサンス (Renaissance)〔その1〕」という14世紀から16世紀にかけてイタリアを起点にヨーロッパ全土で起こった文化的転換期であるルネサンスの芸術作品とカメオのモチーフについてお話しました。今回は、モチーフからは少し離れますが、もう一段深掘りして、ルネサンスの作品についてお話しします。
(番組ガイド誌「GSTV FAN」2024年10月号掲載記事をWEB用に再編集しております)
文化、芸術、科学の大変革 ルネサンス
古代ギリシャやローマの文化が再評価され、新しい知識や文化が発展したルネサンス期には、芸術家や学者たちは古代の遺産を研究し、その精神を取り入れながら新しい作品や理論を生み出していきました。古代の遺産から新しい作品を生み出すという視点で、具体的にどのようなエピソードがあったのか、少し深掘りしてみたいと思います。実は、絵画とカメオには密接な関係があるのです。
古代カメオから構図を学ぶ
ひとつ目は、カメオから絵画の構図のヒントを得た例です。メディチ家がフィレンツェの有力な銀行家、資産家でありルネサンス期の最も重要なパトロン(後援者)のひとつであったことは前回お話しました。
「ヴィーナスの誕生」や「プリマヴェーラ」で有名な巨匠サンドロ・ボッティチェッリは、メディチ家で古代ローマ時代のカメオを数多く模写することで、カメオの構図を絵画に応用したと言われています。ロレンツォ・デ・メディチが大変貴重なカメオの収集、保存を行ってきたことによって、ルネサンスの絵画の巨匠らが古代カメオから学びを得ることができ、彼らの絵画の重要な要素のひとつとなったと言えるでしょう。
カメオが絵画のモチーフとなる
2つ目は、カメオを絵画のモチーフに取り入れた例です。この話をすると「職業病ですね」と笑われることもあるのですが、私はカメオのペンダントやブローチ、リングが描かれていないかという視点で日ごろから絵画鑑賞をしています。実は、ルネサンス期以外の絵画にもさまざまなモチーフのカメオが描かれており、絵画鑑賞の楽しみ方のひとつだと私は思っています。これまで、女性の横顔、ローマ神話・ギリシャ神話の神々、皇帝や騎士などを見つけてきました。
ドイツのシュテーデル美術館に収蔵されている名画「若い女性の肖像」は、やはりボッティチェッリの作品でフィレンツェいちの美女として讃えられたシモネッタ・ヴェスプッチの肖像画です。彼女の胸元には、しっかりとカメオのペンダントが描かれています。黒白2層のメノウカメオで、神話モチーフが描かれているように見えます。また、実際にはカーネリアンの古代インタリオのペンダントを着用していましたが、ボッティチェッリはあえてカメオのペンダントとして描いたことが知られています。何が彼をそうさせたのか興味を惹かれるところです。
カメオそのものが絵画の主題となる
ルネサンス期より少し後のバロック期の画家ではありますが、日本にもファンが多い画家としてピーテル・パウル・ルーベンスがいます。ルーベンスは、彫刻が施された石に大変興味があったと言われ、彼自身カメオやコインを数多く所有していました。そして、それらカメオやコインを主題にいくつもの絵画を描きました。その中で、私が最大のプロジェクトであり、最も素晴らしいと思う作品は、「ゲンマ・ティベリアナ」、別名「フランスの大カメオ」です。フランスの大カメオは、世界三大カメオのひとつであり、現代に残る古代ローマ帝国の宝物の中で非常に貴重で希少な彫刻品です。(2023年10月号「ヘレニズム後期から紀元1世紀の宝石彫刻③」参照)
ルーベンスはカメオの外観をほぼ忠実に再現しながらも、サードニクスの茶色の層を再現するのではなく、代わりに多彩な白い層に焦点を当て、人物を微妙に形作り立体感を高めた絵画を仕上げました。また、オリジナルのカメオでは欠けていた2つの頭部(下部右側)を復元しました。古代カメオを主題にして絵画を生み出す、まさに「文芸復興」の例と言えます。カメオ彫刻家であり宝石彫刻研究の第一人者であるゲルハルド・シュミット氏の著書「宝石に秘められた政治」の中で、「ルーベンスはカメオの素描を何回も行ったが、これらは常に芸術的再現であり、一部は美化したりルーベンスが考えるように補足したりした」と話しています。
製作に至る経緯と背景、そして時代も全く異なるこの3作品をこのように同時に皆様にご紹介できることを私はとてもうれしく思います。
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