新連載「モチーフから見る宝石彫刻」を2月からスタートしました。前回に引き続き、ヘレニズム後期から紀元1世紀におけるカメオのモチーフについて掘り下げていきます。
(番組ガイド誌「GSTV FAN」2023年10月号掲載記事をWEB用に再編集しております)
宝物としての巨大なメノウカメオ(ヘレニズム後期~紀元1世紀)
ギリシャ世界はかつてないほどに拡大し、活発な交易・経済活動によって一般市民の生活も豊かになっていったヘレニズムの時代、カメオは非常に小さいサイズのものが主流でした。一方で、王の宝物として作られた非常に大きく、豪華で美しいカメオが生まれた時代でもあります。
この時代のカメオを含め、大変貴重な収蔵品を持つフランス国立図書館旧館のコレクション室は、改装工事のため2010年頃から長期間見学できない状況が続いていました。2022年末にようやくリニューアルオープンをしたとの情報を得て、今夏待望の再訪問が叶いました。
カメオやメダルが数多く収蔵展示されている中で、ローマ神話の主神であるジュピター(ユーピテル)をモチーフにしたカメオが目を引きました。3層からなるメノウに美しい彫刻が縁取りとともに施され、表面は磨きがかけられ光沢のある仕上げとなっています。14世紀に金とエナメルのフレームにセットされ、シャルル5世のコレクションであったと説明書きが添えられていました。
世界三大カメオ『フランスの大カメオ』
世界三大カメオは、その歴史的価値と大きさ、美しさから他に類をみないカメオであると言えます。
① タッツァ・ファルネーゼ(紀元前1世紀頃、ナポリ国立考古博物館所蔵、20cm)
② ゲマ・アウグステア(紀元10年頃、ウィーン美術史美術館所蔵、19×23cm)
③ フランスの大カメオ(紀元24年頃、フランス国立図書館所蔵、31×26.5cm)
フランスの大カメオは、世界三大カメオを含めた古代カメオの中でも最大であり、約31×26.5cmの5層からなる茶褐色のメノウに彫られています。今に残る古代ローマ帝国の宝物の中でも非常に貴重で希少な彫刻品です。
カメオは上中下と三段の構図になっており、当時の皇帝の権力を物語った興味深いストーリーが見えてきます。
中段には、柏葉の冠をつけ長いセプター(君主が持つ杖で権威の象徴)を手にした皇帝ティベリウスを中心に、豪華な椅子に寄りかかる女王リウィアの姿など華やかな貴族社会が描かれています。また、武具を身に着けヘルメットをかぶろうとしているのがゲルマニクスの息子ネロです。
上段には、天国の様子が表され中央でステッキを持っている人物が皇帝アウグストゥスです。手前にはアジア風の衣装に身を包んだ女性が地球儀を掲げ、右側には騎士のまたがる馬の手綱を取るエロスの姿が見えます。
下段には、捕虜となった様々な民族がすし詰めの状態でしゃがんでいます。一つのカメオの中に異なった三つの世界を意味する三段のモチーフが彫刻されているのが特徴的です。
約20年ぶりに実物を鑑賞することができましたが、全く色褪せることない美しさに再び感動いたしました。
ヘレニズム後期~紀元1世紀は、カメオ彫刻が本格的に花開いた時代でした。一方で、素材としての希少性と、カメオ彫刻という限られた特権階級の持つ彫刻技術という両側面から富と教養の象徴であり、王の自己顕示と権力誇示にはうってつけで、宗教的・政治的要素を多分に含んだモチーフを見ることができます。
美術的価値に加え歴史的価値も非常に高く、この時代のカメオを模したカメオが14世紀以降も数多く彫られているのは、フランス国立図書館旧館の収蔵品を見ても明らかです。
※本作品についてはモチーフの解釈と制作年に関して諸説あるため、本稿ではカメオ彫刻家であり宝石彫刻研究の第一人者であるゲルハルド・シュミット氏の古代カメオ研究論文に基づいて解説しております。
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