イッツア目黒ワールド

イスラーム美術様式 その1「アラブ人商人の活躍」

2020年5月1日

「麗しの宝石ショッピング」「ジュエリーライフ11」でお馴染みの人気コメンテーター「目黒佐枝」がジュエリーの様式とその歴史を解説。今回は、イスラーム美術様式「アラブ人商人の活躍」についてご紹介します。

(番組ガイド誌「GSTV FAN」2020年5月号掲載記事をWEB用に再編集しております)

アラブ人商人の活躍

魅力的なジュエリーのデザインを見ると、その様式の源流や来歴を遡りたい気持ちになります。世界のジュエリーデザインの幅や意匠には、イスラーム文明の影響があります。アラビア半島は、地中海、紅海、アラビア湾、インド洋に挟まれた立地で、地中海覇権を握っていたアラブ人やインド人は周辺諸国と交易を盛んに行いました。

青銅や乳香・没薬の交易路を陸路と海路共に辿ってみると、「巡礼の道」とは別に「青銅器の道」「香料の道」と呼ばれるルートがあり、アラビア湾や紅海、インド洋で採られる天然真珠やインド由来の宝石類がそのルートでスペイン・ポルトガル・イタリアに入りました。

今回は、サウジアラビアの交易ルートを軸に追ってみましょう。

一般にイスラーム文明が確立されたのは7世紀からと言われていますが、実際は紀元前から高度な文明が築き上げられていました。それは、ジュエリー、金工品、ガラス、細密画、文字を見れば明らかだと思います。

2世紀頃になるとこの地域のジュエリーは、それまでの民族的イメージのビーズジュエリーから金工技術を駆使したジュエリーへと大きな変化を遂げます。イラン高原を本拠地とする、金装飾技術を持ったパルティア王国の影響を受け、サウジアラビア製の金の装身具デザインや表面仕上げが洗練されてきたからです。周辺諸国と活発に取引が行われていたのですね。


今回、私は2世紀頃の金の仕上げに非常に似たジュエリーを見つけました。これらの金の仕上げにご注目。ターコイズ*の歴史的産地はイラクやシナイ半島でしたので、イメージとしてイヤリングで飾ってみました。

 次回はデザインにフォーカスします。図形から編み出された「形の言語」と言われる幾何学模様や、天地創造の際の膨張と収縮の渦巻くプロセスを体現化したアラベスク模様がどうして生まれたか探っていきましょう。

*サウジアラビアの交路に乗って、トルコ人が住んでいたアナトリアを通ってヨーロッパに伝わったことからフランス語表記でターコイズ(トルコ石)という宝石名となりました。

目黒 佐枝(めぐろ さえ)

GIAサンタモニカ校にて、GGを取得。その後、高級ジュエラーで10年に亘り、ジュエリー選びのアドバイスと販売に携わる。

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