ストーンカメオ講座

宝石彫刻の起源〜 モチーフから見る宝石彫刻[1] 〜

2023年1月31日

 これまでジュエリーや芸術品という視点から、また親交の深い彫刻家の視点から世界的に「宝石の街」として知られるドイツ、イーダー・オーバーシュタインの代表的な宝石彫刻、カメオを9年にわたり誌面でご紹介させていただきました。私の寄稿が10年目の節目を迎える今年は、宝石彫刻を「モチーフ」という観点からご紹介する新連載をスタートします。これは読者の皆さまから「モチーフ」に関するご質問を多くいただいたことによります。今後も読者の皆さまのお声を一番に、宝石彫刻の素晴らしさをお伝えしていきたいと思います。

(番組ガイド誌「GSTV FAN」2023年2月号掲載記事をWEB用に再編集しております)

宝石彫刻の起源

 皆さまにご愛用いただいている、そして私が日頃からご紹介しているカメオやインタリオのジュエリー。これらは、宝石に彫刻が施されたもの、つまり「宝石彫刻」のひとつです。普段何気なく接しているこれらの宝石彫刻は、実はとても長い歴史を持っており、私にとっては人類の歴史そのものではないかと思うほど興味深いものです。今回は、宝石彫刻の起源の時代にフォーカスして当時のモチーフに迫ります。
 宝石彫刻の歴史は非常に古く、人類発祥の地であるメソポタミアに起源すると言われています。現在のイラク共和国を流れるティグリス川、ユーフラテス川の流域であるメソポタミアは世界最古の文明が開化した地域です。紀元前4000年頃のシュメール文明の時代には、この地域でかなり高度な宝石彫刻が作られていたと考えられています。

シリンダー
メソポタミア、アッカド時代(紀元前2350~2150年頃)
右側には羊飼い、中心にはワシに乗っている権力者が描かれている。(提供:ゲルハルド・シュミット氏)
シール(レプリカ)
(提供:ストーンカメオミュージアム)

宝石彫刻の原点と言われる円筒形の外周に彫刻されたシリンダー、円錐型の平面に彫刻されたシールが当時の遺跡から発見されているのです。シリンダーとは円筒印章のことで、コロコロスタンプのような感じで書簡や容器を封じるために粘土に押しつけながら転がして使われました。また、シールとは印章のことで、日本における印鑑と同様に文様や文字の型押しとしても用いられました。彫刻面は凹型に沈み彫りが施されており、これが宝石彫刻の起源と言われるインタリオというわけです。

シリンダーの展開
アッカド時代(紀元前2217~2193年頃)
裸でひざまずく2人の英雄が豊穣と豊かさの象徴として水が噴出する花瓶を持っている様子が左右対称に彫刻されている。
中央には、その水を2 頭のアルニ (水牛) が飲んでいる。
(提供:ゲルハルド・シュミット氏)
カーネリアンインタリオをあしらったゴールドリング
(紀元前1843~1798)
敵と戦う戦闘王子アメンエムハト 3 世が描かれている。
(提供:ゲルハルド・シュミット氏)

紀元前4000年~紀元前1000年頃のモチーフ

 シリンダーとシールには、人々の日常の暮らしの様子や、生活に密着した動物などが彫刻されていました。具体的には、農耕を中心とした生活において身近な動物であった馬や牛がモチーフになっています。また、権力者が動物を狩る様子や、王や政治的リーダーの偉業を表したモチーフも存在します。意外なモチーフとしては、蜂や蝶といった虫を見ることもできます。個人的な感想ですが、人物や動物は古代エジプトの壁画を連想させるような線的な絵画のイメージ、動物や虫は一見すると何かの模様のようなイメージと私はとらえています。

当時のイメージをもとに彫刻されたインタリオ(復刻)
左から「アオサギ」「ライオンとプット(天使)」「ライオン」
(提供:ストーンカメオミュージアム)


 宝石彫刻はこのように封印と認証に用いられたほか、政治的リーダーの権威の象徴として、神聖なる神々が宿るものとして珍重されました。また、豊作豊穣を祈願する宗教儀式でも用いられ、日常的に人々が指(リング)、手首(ブレスレット)、首(ネックレス)、腰(ベルト)、足首(アンクレット)などをお守りとして身に着けたことが装飾品、装身具のルーツと考えられています。当時の人々の平穏や豊穣を願う気持ち、想いは現在の私たちにも通じるものがあると感じています。
 次回は、紀元前4世紀頃、ヘレニズム時代のモチーフをご紹介します。

三沢 一章(みさわ かずあき)

長年に渡りドイツジュエリーを研究。イーダーオーバーシュタインの宝石を日本に紹介すると同時にストーンカメオの研究家でもある。

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