『ビールの材料は水・モルト・ホップのみ』そう法律で決まっているこの国のビールはどの銘柄を頼んでもハズレがなく、特にこのミュンヘンに昔からあるバイエルンビールは顔の綻ぶ美味しさだった。
「プロースト!」
酒場で聞こえる乾杯の声と喧騒は世界中どこでも変わりないようだ。ソーセージと共に思いを噛み締めていると一緒のテーブルを囲んでいた赤ら顔の男が急にかしこまった顔で「今日は特別な夜なんだ」と言った。
「明日で娘が14歳になる、特別な日の前夜なんだ!」
14歳といえば日本で言う中学生くらいの年齢だ。誕生日の前夜とはいえ、いささか高揚しすぎではないだろうかと訝しんでいたところ、男は黒いベルベット生地のケースを大切そうにテーブルの上に出し、私たちに見えるようにゆっくりと箱を開いた。
そこには細やかなカットで作られた矢車菊を模したブローチが入っていた。
「春のユーゲントヴァイエで付けるように加工職人である俺の全技量を注ぎ込んだ渾身の一品だ!もちろん、石は誕生石のトルマリンさ!」
なるほど、男が自信を持つだけある繊細で美しいそれは、受け取る娘さんへの親心をひしひしと感じた。周りからの感嘆の声に満足したのか男はすぐにケースを閉じ、残りのビールを飲み干した後「良い夜を!」と足早に帰っていった。こどもの成長を喜ぶ親の姿も、世界中どこでも変わりないようだ。