ハロン湾行きのバス停そばの段差に腰をかけながら、念のためと着込んでいたカーディガンを脱ぐかどうか迷っていた。ベトナムの短い春の中でも、今日は一段と気温が高く、昇りつつある太陽を見る限り天気には恵まれたクルーズになりそうだ。
汗をかく前に脱ごうと思い腰を上げようとすると、私の前をひらりと真っ白な布が横切ったと同時にカランと音を立てて金属のようなものが目の前に落ちてきた。慌てて拾い上げると青い花の細工と光沢を帯びた真珠のついた髪飾りだった。
落とし主を探そうと目線をあげると、少し先にいた真っ白なアオザイに身を包んだ高校生くらいの少女が髪に手を当てて振り返っていたので手の中の髪飾りを見せながら立ちあがり彼女へ歩みを向けた。
「ありがとうございます」
髪飾りを渡すと少女は大切そうに手で包みこんだあと、ゆっくりとかばんへしまった。
「大切なものみたいだね。すぐに渡せてよかった」
「入学のお祝いに祖母から譲り受けた品なんです」
ハロン湾では彼女の髪飾りについていたような美しい光沢を持つ真珠がたくさん売られているそうだ。「ハノイに戻ってきたらヨーグルトコーヒーも飲んでみてくださいね、流行ってるんです」そう言うと長い黒髪と真っ白なアオザイを翻して彼女は繁華街のほうへ歩いて行った。
彼女の歩いて行った方から、バスがこちらへ向かってきた。