2019年4月より、BS-TBS「麗しの宝石ショッピング」の放送枠拡大に伴い、私がご紹介しておりますイーダー・オーバーシュタインのジュエリーも、これまで以上に多くの反響をいただいております。改めて原点に戻り、カメオにまつわるお話をさせていただきます。
(番組ガイド誌「GSTV FAN」 2019年6月号掲載記事をWEB用に再編集しております)
カメオとは何か
カメオと聞くと、貝殻に彫られた彫刻品のことを思い浮かべる方が多くいらっしゃると思います。それは誤りではありませんが、正確には凸型に浮き彫りされたものをカメオ(Cameo)といいます。
そう、宝石の名前ではなく彫刻技法の名前なのです。
材料となる素材の名前とともに表現されるため、シェルカメオやストーンカメオと呼ばれます。
他にも、オパールやコンク貝、サファイアやトルコ石に彫られたカメオなどがあり、その種類、彫刻技法は多岐に渡ります。
様々なカメオの中で、複数層持つ縞メノウに彫刻されたものがストーンカメオ(メノウカメオとも呼びます)です。
その長い歴史からメノウカメオは本カメオとも呼ばれており、約2000年前に彫刻されたカメオが、ヨーロッパの著名な美術館に色あせることなく美しい状態で収蔵されています。
ストーンカメオは、芸術品として、また装飾品として非常に長い歴史を持っています。
一方で、凹型に沈み彫りされたものをインタリオ(Intaglio)といいます。
宝石彫刻の歴史は、人類文明発祥の地メソポタミアに起源を発すると言われ、今から約6000年もの昔、紀元前4000年頃のエラムやシュメール文明の時代に、すでに高度な宝石彫刻がなされていたと言われています。
メモ
インタリオの代表例はヨーロッパの家紋を彫刻した印章石(シール)で、日本の印鑑と同様に重要な書類や国の印鑑として文字や文様が型押しされ封印として用いられました。
時代とともに印章の用途から装飾的な要素が加わり、現在はリングとしても愛用され、ローマ法王も着用されています。
カメオ彫り、インタリオ彫りの両方を組み合わせた彫刻技法を、シャティルング(明暗彫り)といいます。
近年になって取り入れられるようになった彫刻技法で、動物や肖像画などを表現するときに用いられます。
彫刻家のたゆまぬ努力と才能により彫刻技術が進化し編み出された技法と言えるでしょう。よりシャープで写真に見まがうような緻密な表現が可能です。
ストーンカメオの原石
ストーンカメオは、縞メノウと呼ばれる色の異なる複数の層を持った特別なメノウに彫刻されます。
現在、ストーンカメオに使える良質な原石は、ブラジルの南端リオグランデ・ド・スル州の鉱山で産出されていますが、採掘されるメノウの大半には縞模様がありません。カメオに適した縞目を持つメノウは、メノウ原石全体の約1%しかありません。
私がストーンカメオをご紹介する際に希少だと説明することが多いのは、作家や彫刻技法だけでなく、材料取りの難しさも理由のひとつなのです。
ストーンカメオの色
ストーンカメオには、おもに黒白、赤白、緑白、褐白、青白、黄白の6種類があり、彫刻されているデザインとあいまって、美しさを表現するための大きな要素になっています。お客様からよくご質問を受けることの一つに、「着色か否か」があります。答えはYESですが、ここには興味深いストーリーがあります。それは、着色が現代の科学技術により開発されたものではなく、2000年以上も前から人の手によって着色されてきた伝統的技法をもとに行われているということです。
縞メノウの白色の部分(A)は、単結晶のため着色されず天然の白い状態のままですが、下地の部分(B)は潜晶質(肉眼ではわからないような顕微鏡サイズの結晶が集まって塊状になったもの)であるため、着色が可能です。
鉄分が多い地層から褐色の縞メノウが採掘されたことや、はちみつ(糖分)につけて焼くことで黒色に着色していたことも分かっています。縞メノウは古くから様々な技法で人の手によって着色されてきました。美術館に所蔵されている数百年前のストーンカメオにいくつもの色が見られるのはこのためです。
現在では、何百年も続く伝統的な技法をもとに、イーダー・オーバーシュタインのカメオ工房において、熟練した職人が原石の状態を見たうえで、温度を調整しながら数週間から数か月かけて着色処理を施しています。
私は、数十年にわたり何度も工房に足を運んでいますが、液体の種類や濃度、温度や焼く時間といったレシピは、未だに教えていただけません。これは、技術と品質を守りながら長い間「門外不出のレシピ」を大切に守ってきた工房の信念を物語っています。イーダー・オーバーシュタインが宝石彫刻の中心であり続ける理由のひとつが、ここでも垣間見えたような気がします。
皆様に正しい情報と素晴らしい作品をご紹介することで、一人でも多くの方にストーンカメオをはじめイーダー・オーバーシュタインの宝石彫刻をお楽しみいただければ大変嬉しく思います。
※本記事はGSTV番組ガイド誌2016年7月号の内容を改変したものです。